対象読者: フルマラソンに興味はあるが「自分ごときが完走できるのか」を知りたい人。または完走した自分がどれくらいすごいのかを確かめたい人

フルマラソン完走はすごい?難易度を実体験で解説

ゆう
  • フルマラソンって、自分みたいな運動が得意でもない人間が完走できるものなのか分からない
  • 「完走した」と言うと周りから「すごいね」と言われるけど、正直どれくらいすごいことなのか実感がない
  • 特別な才能がある人だけの世界な気がして、申し込む勇気が出ない

こんなことに悩んでいませんか?

こんな人に向けて、私の実体験をもとにこの記事を書きます。

私も同じことで悩んでいました。フルマラソンなんて自分には縁のない世界だと思っていました。今、私はひたちシーサイドマラソン(2026年11月15日)に向けて「歩かず完走」という目標を掲げて練習を積んでいる最中です(本記事はその実録です)。前回の初フルは、20km手前から歩いてしまい、タイムは4時間52分でした。かっこいい完走ではありません。ですが、その等身大の経験も含めて正直に書きます。

この記事を読むと、フルマラソン完走が客観的にどれくらい難易度の高いことなのか、そして「特別な人だけのもの」ではなく準備した普通の人にも届く挑戦だということが分かり、自分の中の「すごい」の解像度が上がります。

「自分に完走できるのか」「完走した自分はどれくらいすごいのか」が気になっている人は、ぜひ最後までご覧ください。

読者

完走できる人って、もともと体力に自信がある特別な人だけなんじゃないですか?

ゆう

私も最初はそう思っていました。でも実際に走ってみて、その前提が半分正しくて半分間違っていることが分かりました

結論:完走はすごい。ただし「特別な人だけのもの」ではない

先に結論を出します。フルマラソンの完走は、間違いなくすごいことです。42.195kmという距離を自分の脚で走りきる(あるいは歩いてでも進みきる)のは、日常生活の中では経験しない負荷を体にかけ続ける行為で、それをやり遂げたこと自体に価値があります。

ただし、それは「一部の運動神経が優れた特別な人だけができること」という意味ではありません。準備をした普通の人が、練習を積み重ねた結果として届く挑戦だというのが、私自身の実感です。この「すごいけれど、特別な人だけのものではない」という二面性を正しく理解しておくことが、これから挑戦する人にとっても、すでに完走した人が自分の達成を正しく捉えるうえでも大事だと考えています。

日本の市民ランナー人口と完走率の一般論

🖼スポーツ庁または調査団体のランニング人口統計をイメージした棒グラフ風のスクリーンショット

まず、フルマラソンに挑む土台となる母数の話をします。年1回以上ジョギングやランニングをしている人は、国内で推計700万人台とされる調査結果があります(笹川スポーツ財団の調査)。かなりの数のランニング人口が存在する一方で、その中で実際にフルマラソンを完走している人の割合は、決して大きくないというのが一般的な見立てです。正確な母数がすべての大会・年で公表されているわけではないため、ここは「ランニング愛好者の中でもフルマラソン完走者はさらに絞られた層」という程度の目安に留めておきます。

一方で、実際に大会にエントリーして当日を迎えた人に限れば、話は変わります。各大会の公式集計を見ると、完走率は9割前後で公表されているケースが多く、「エントリーして、練習して、当日を迎えた人」の大多数はゴールにたどり着いているというのが実情に近い数字です。つまり「フルマラソンを完走する人」全体で見れば少数派でも、「本気で申し込んで準備した人」の中では、完走はむしろ標準的な結果だということになります。この落差こそが、私が「すごいけれど特別な人だけのものではない」と考える根拠です。

ゆう

数字だけ見ると「狭き門」に感じますが、母数の取り方次第で印象が全然違うんです

完走タイムの相場感や、制限時間との関係をもう少し詳しく知りたい方はフルマラソン完走時間の目安と割合もあわせて読んでみてください。

完走はすごい。でもハードルの正体は「才能」ではなく「準備量」

C9_完走の二面性.png

私が完走できた理由を振り返ると、生まれつき足が速かったからでも、運動神経に恵まれていたからでもありません。週2〜3回、地道に走る練習を積んだこと、それだけです。実際、私の練習ログを見ても、キロ6分前後で心拍150前後、キロ5分40秒を切ると160を超えるという、決して速くない市民ランナーの数値が並んでいます。それでも42.195kmを走りきることはできました。

体力に自信がない人ほど「自分には無理」と考えがちですが、フルマラソンの完走に必要なのは瞬発力ではなく、長い時間じわじわと負荷に耐え続ける持久力です。この持久力は、生まれつきの才能よりも、練習で積み上げた時間の量に強く比例します。私自身、練習開始当初は10kmを走るだけでもきつかったのに、数ヶ月かけて距離を伸ばしていった実感があります。

読者

才能じゃなくて準備量なら、自分にもチャンスがあるかもしれません

ゆう

はい。ただし「準備量が結果に直結する」ということは、逆にサボればその分だけ結果に跳ね返ってくるということでもあります

「歩いてでも完走」と「歩かず完走」は同じ完走でも難易度が別物

🖼Garminのアクティビティ記録画面のスクリーンショット。距離・タイム・平均心拍が表示されたイメージ

ここからは、正直に自分の経験を書きます。私の前回の初フル(東京マラソン2025)は、20km手前になると脚が売り切れて歩いてしまいました。序盤にトイレへ行ってしまい、そのロスを取り返そうと飛ばしすぎたことが原因のペース配分ミスでした。それでも制限時間内にはゴールでき、最終的なタイムは4時間52分でした。

「完走」とひとくくりに言っても、実はこの中に難易度の異なる2つの挑戦が隠れています。ひとつは「歩いてでも、とにかく制限時間内にゴールする完走」。もうひとつは「最後まで歩かずに走りきる完走」です。前者は、先ほど書いた通り、練習を積んでエントリーした人の多くが届く水準だと私は考えています。実際、私自身が大きな運動経験もないまま、この水準には届きました。

一方で後者の「歩かず完走」は、まったく別のハードルです。歩くという選択肢を自分から手放すということは、脚の売り切れとどう付き合うか、ペース配分をどう組み立てるかという、より繊細な設計が求められます。私は今まさにこの壁に挑戦中で、まだ達成できていません。次のひたちシーサイドマラソンに向けて、週2〜3回の練習を「歩かず完走」を意識した内容に組み替えているところです。どんな練習メニューで取り組んでいるかはフルマラソン何ヶ月前から練習すべきかに、練習開始のタイミングも含めて詳しくまとめています。

ゆう

正直、前回「歩いてでも完走」できたときは、自分をかなり褒めました。でも「歩かず完走」の壁はまったく違う高さにあると、今痛感しています

すでにハーフマラソンを完走していて、次にフルマラソンへのステップアップを考えている人は、この2つの完走の違いをあらかじめ知っておくと心構えがしやすいはずです。ハーフからフルに挑む際に増える具体的な壁についてはハーフからフルへ|ステップアップ前に知る3つの壁で整理しています。

年齢・体型は完走できない言い訳になるのか

🖼市民マラソン大会のスタート地点で並ぶ、年齢層も体型もさまざまなランナーたちの群衆写真

「自分は若くないから」「体型に自信がないから」という不安の声もよく聞きます。ここは一般論として書きますが、完走者の年齢層は40代・50代が中心という調査データもあり、フルマラソンは決して若さや細身の体型だけが優位に働く種目ではありません。年齢を重ねてから走り始めて完走している市民ランナーは実際に大勢います。

もちろん、体重が重いほど着地の衝撃が膝や足首にかかりやすくなる、加齢とともに回復に時間がかかりやすくなるといった傾向は一般論として存在します。ここは医療的な断定はできませんし、私自身も専門家ではないので、痛みや違和感が続く場合は自己判断せず専門医に相談することをおすすめします。ただ、こうした要素は「完走できない理由」ではなく「練習の組み立て方を工夫する材料」だというのが私の実感です。無理のないペースから始め、距離を段階的に伸ばしていけば、年齢や体型は決定的な壁にはならないというのが、これまで練習を積んできた私の肌感覚です。

読者

年齢や体型を言い訳にせず、まずは自分のペースで始めてみようと思えました

ゆう

その気持ちが一番大事です。あとは準備量を積み上げていくだけです

今日から「完走はすごい」に自分も加わるためにできること

ここまで、完走の難易度を「すごさ」と「特別な人だけのものではない」という二面性で見てきました。最後に、これから挑戦する人が今日からできることを3つ挙げます。

まず、自分の中で「歩いてでも完走」と「歩かず完走」のどちらを目指すのか、目標水準を明確にすること。次に、その目標から逆算して、今日から練習を始めること。そして、年齢や体型を理由に最初から諦めないことです。データが示す通り、完走者の中心層は決して若く細身の人ばかりではありません。

正直に言うと、私自身もまだ「歩かず完走」を達成できていません。この記事に書いた「すごいけれど特別な人だけのものではない」という考え方は、まさに今の自分に言い聞かせている言葉でもあります。4時間52分で20km手前から歩いてしまったという経験は、自慢できるものではありませんが、それでも完走はできました。この記録が、同じように「自分ごときが完走できるのか」と不安を抱えている人にとって、少しでも背中を押すものになればと思っています。